股関節唇の機能と解剖学的特徴
今回のkey point
股関節唇の損傷は前上方に起こりやすい |
股関節唇の役割は、関節の安定性・衝撃吸収・関節液の保持が主な役割 |
股関節唇とは?その役割と構造
「股関節唇(こかんせつしん)」という言葉を聞いたことはありますか?
聞き慣れないこの部位は、実は股関節の健康にとても大切な働きをしている組織です。この記事では、股関節唇の機能や構造について、最新の医学研究を元にやさしくご紹介します。
1. 股関節唇ってどこにあるの?
股関節は、太ももの骨(大腿骨)の丸い骨頭と、骨盤側のくぼみ(寛骨臼)が組み合わさってできています。股関節唇とは、この「寛骨臼」のふちをぐるりと囲むように存在する三角形の軟骨組織のことです。
当院HPから引用
見た目は細長い三角形で、ゴムのような弾力を持った「線維軟骨」でできています。
2. 股関節唇の大事な3つの役割
股関節唇には、主に以下のような3つの重要な働きがあります。
① 関節を安定させる
股関節唇は、関節のくぼみを深くし、大腿骨頭をしっかり包み込むことで、関節の安定性を高めています。とくに発育性股関節形成不全(いわゆる「股関節の浅さ」)のある方では、股関節唇がその不安定さを補うように発達していることも多く報告されています。
② 衝撃をやわらげる・荷重を支える
股関節唇はクッションのように働き、歩行やジャンプなどの動作で関節に加わる衝撃を分散します。健常な股関節では、全体の1〜2%の荷重しか股関節唇にかかりませんが、股関節形成不全がある場合には4〜11%もの荷重がかかるという研究もあります。これは股関節唇が「負担を肩代わりしてくれている」ことを意味しています。
③ 関節液の保持と潤滑
股関節の中には「関節液」と呼ばれる潤滑液があり、軟骨どうしがスムーズに動くよう助けています。股関節唇はその関節液を外に漏れないように“フタ”をする働きがあり、関節の摩耗や変形を防ぐ役割も担っています。
3. 股関節唇の構造と血流・神経
線維の向きと断裂しやすい場所
股関節唇は部位によってコラーゲン線維の走行が異なり、前方(前上部)は線維が縁に平行に、後方では直角に走るという特徴があります。この構造的違いから、損傷は前上方に起こりやすいとされています。
血流と修復能力
股関節唇への血流は、主に股関節の関節包から供給されていますが、内側(関節内側)になるほど血流は乏しく、外側(関節包側)に行くほど血流が豊富です。そのため、関節内側での断裂は自然治癒しにくいとされており、手術が必要になることもあります。
痛みを感じる神経がある
股関節唇には自由神経終末や感覚受容器などの痛みを感じる受容器が存在しており、痛みや関節位置の感覚(固有感覚)に関与しています。そのため、股関節唇が損傷すると「鼠径部の奥の痛み」や「動かすとゴリっと引っかかるような感じ」が出やすくなります。
4. 股関節唇の損傷と変性
股関節唇の損傷(いわゆる「関節唇断裂」)は、スポーツなどの過度な動作や、FAI(股関節インピンジメント)、関節の不安定性(股関節形成不全など)によって起こります。
とくにFAIでは、大腿骨頭と寛骨臼のふちが繰り返し衝突することで、股関節唇が押しつぶされたり、めくれたりして損傷が進行するケースが多くあります。
また、高齢者や軽度の形成不全がある方では、軟骨の変性とともに股関節唇も弱くなり、損傷しやすくなると報告されています。
5. 画像で見る股関節唇の損傷
画像診断では、MRIやMRA(関節造影MRI)での描出が有用とされており、正常な股関節唇は三角形で均一な黒色(低信号)ですが、損傷部では白く写る(高信号)ことが特徴です。断裂の分類も進んでおり、「フラップ型」「線維化型」「遊離型」など、損傷パターンごとに治療方針が変わることもあります。
まとめ:
股関節唇は、見た目には小さな構造ですが、関節の安定性や潤滑、衝撃の緩和など多くの機能を担っています。損傷すると日常生活にも支障が出ることがあるため、早期の診断・適切な治療がとても大切です。
当院医師の齋藤先生監修の股関節唇損傷の概要と股関節鏡手術の記事についても是非ご覧ください。
股関節の「奥の痛み」や「引っかかり感」にお悩みの方は、一度専門医による評価を受けてみませんか。
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