人工股関節置換術とは
傷ついた股関節を除去した後に、人工関節を入れていく手術です。人工関節のパーツは、ステムとボール、ソケット、そしてソケットにはめるライナーに分けられます。ステムとポール、ソケットは金属で、ライナーは超高分子ポリエチレンで作られています。ライナーは軟骨の代わりになる存在ですので、ボールをライナーに取り付けることにより、スムーズに関節が動かしやすくなります。
どのような人が人工股関節置換術の適応になるのか
保存的治療(手術を行わない治療)で投薬、リハビリ、注射などによる治療を十分に行ったが効果が得られなかった人が適応になります。
最小侵襲術(MIS)
最小侵襲術とは、治療する箇所の切開をできる限り小さくし、患者様の身体への負担を極力減らす方法です。低侵襲術とも呼ばれます。
MISの言葉が流行りはじめた頃、皮切を小さくすることが低侵襲であるという認識でありました。しかし、徐々に皮切をおいたあとの深部の組織侵襲を少なくするようなコンセプトにシフトしてきており当院でも、可能な限り低侵襲な手術を目指してまいります。
尚、手術の際は連携先の病院にて対応させていただきます。
アプローチ
股関節に到達するには様々な侵入経路があります。代表的なアプローチのメリット・デメリットを解説します。
股関節の手術は大きく分けて仰向け(仰臥位)で行うものと横向き(側臥位)で行うものがあります。
仰臥位のメリットは患者さんの体位変換が不要で、手術中に脚長差や骨盤の傾き等を認識しやすい点と言えます。特に両側手術を行う際は、術側が終わったらすぐに対側を始められるといったメリットがあります。デメリットとしては股関節の可動域、特に伸展を確認しにくい点が挙げられます。
側臥位のメリットは手術中にすべての肢位を確認できる点、また万が一合併症が起きたときもほぼすべてに対して対応可能な点が挙げられます。デメリットとしては、骨盤の傾きが確認しにくい点や、脚長差が分かりにくくなる点が挙げられます。また、麻酔がかかった状態で横向きにしなければならず、チームで注意を払いながら慎重に体位変換を行う必要があります。
従来股関節の手術は側臥位で行っていましたが、徐々に手術技術が安定、発展し仰臥位手術も増えてきております。
代表的なアプローチを提示します。
DAAアプローチ
仰臥位にて大腿筋膜張筋の前から入るアプローチです。股関節前方より侵入することで、視認性もよく、少人数で手術できる点もメリットです。仰臥位のため伸展が入りにくく、インプラントの選択が必要という意見もあります。
ALSアプローチ
仰臥位にて大腿筋膜張筋と中殿筋の間から入るアプローチです。側臥位のOCMアプローチを仰臥位で行っているものです。仰臥位のため伸展が入りにくく、インプラントの選択が必要という意見もあります。
OCMアプローチ
側臥位にて大腿筋膜張筋と中殿筋の間から入るアプローチです。側臥位では自由に取れるためインプラント選択に制限はないと考えています。しかし、側臥位のため体位変換に伴う時間や骨盤の傾き、脚長の設定等に注意を払う必要があります。
PLアプローチ
以前はほとんどが側臥位後方アプローチで手術を施行されていました。骨のランドマークの視認性の良さがメリットです。しかし、後方組織を大きく切開するため、脱臼の懸念があります。近年前方系アプローチが増えてきておりますが、後方の組織を部分的にのみ切除するアプローチも開発されてきています。
様々なアプローチがありますが、我々はOCMアプローチ採用しています。手間はかかりますが、3次元テンプレートやナビゲーションなどの最新の機材と準備を行うことで確実で安全な手術を心がけています。真の意味でのMISを実現するために日々研鑽していく所存です。
人工股関節置換術の固定方法
インプラントを固定する方法は2種類あります。それは、直接固定法(セメントレス固定)と間接固定法(セメント固定)です。患者様のヒアリングを行ったうえで、一人ひとりの希望と状態に合った方法を選択します。
直接固定法(セメントレス固定)
骨セメントを使わずに、大腿骨の中の空洞にインプラントを埋め込む方法です。大腿骨の中の空洞にきちんと固定できるよう、インプラントの形を前もって調整する必要があります。直接固定法で使われるインプラントの表面には小さな穴が複数開いており、大腿骨の中できちんと骨とフィットできるように作られています。この穴のおかげで、骨の組織がインプラント内へ向かって入り込めるため、骨が成長できるようになります。インプラント内部の骨が成長すると、より一層固定が強くなるため、インプラントを適切な位置と向きにしたまま保ちやすくなります。
現在のデータではセメントレス固定法が骨折率は高いと言われていますが、生着したセメントレスステムは長期成績に優れているとの報告もあります。
間接固定法(セメント固定)
骨セメント(インプラントを正しい位置・方向に埋め込むのに必要な骨用セメント)を使って、インプラントを固定する方法です。まずは、前もって形を調整した大腿骨内部の空洞に、骨セメントを注いでから、空洞内でインプラントの位置と方向を調節します。骨セメントを使うため、より適切な位置と方向でインプラントが固定されやすくなります。
セメントステムは骨折率が低いです。しかし、セメントのクオリティが手術の長期成績を左右するとも言えます。
人工股関節置換術のメリット・デメリット
メリット
悩まされていた股関節由来の痛みが消える
最大のメリットは毎日悩まされていた股関節由来の痛みが消えることです。 手術による痛みも当然あるのですが、術翌日より痛みの軽減を体感される方も多いです。 術後の炎症も落ち着いてくると、テニスやゴルフ等のスポーツや旅行を経験される方も多く、痛みのなかった頃の生活に戻ることができます。
手術後の傷跡が小さい
皮膚を切開する範囲は約7~10cmです。これは、従来の手術の1/2~1/3程度とされています。それにより、術後の傷跡も目立たずに済みます。
制限のない早期離床・早期歩行訓練が可能
術後の翌日から立つ・歩行のトレーニングを行うことが可能です。特に高齢者の場合、術後にベッドの上で寝る時間が長くなると、肺炎や床ずれ、激しい筋力低下を併発したり、認知症を引き起こしたりする恐れがあります。早期のトレーニングは、そういったトラブルや合併症を防ぐのに有効です。通常の手術の場合、入院期間は1-2週間程度を想定しております。通常手術を終える前に麻酔がかかった状態で、可能な限りの脱臼テストを行っております。脱臼テストで問題ないと判断した患者様は禁止肢位を設けないでリハビリテーションを行っていただきます。初回手術の際はほとんどの場合禁止肢位を設けておりません。
デメリット
人工関節の耐久性
患者様の体重や毎日の活動量、骨の強さなどにもよりますが、人工関節の耐用年数は約10年~15年とされていました。しかし、高架橋ポリエチレンが開発され、ライナーに使用されるようになり、ポリエチレンの摩耗が非常に少なくなっています。20年~30年まで長持ちする方もいらっしゃいますが、耐用年数を過ぎると再手術しなければならない可能性もあります。
また人工関節を行うということは元々の自分の骨を削る事が必要です。もちろん削った骨は戻せません。一度、人工関節にすると、入れ替えという手段しかなくなりますので、十分に担当医と相談した上で治療戦略を考えていくことが大切です。
人工関節の合併症
人工関節を行えば100%完全に元通りになるという状況を目指しておりますが、必ずとは言えません。手術における合併症のリスクも存在します。
感染症
200人に1人程度の頻度で発症します。人工関節周囲の感染が起こった場合、創部周囲の痛み、熱感、発赤、腫脹等が出現します。多くの場合は6週以内に起こることが多いですが、10年以上経過して起こるような遅発性感染のリスクもあります。
骨折
硬い金属を柔らかい骨に叩き込みます。その際に残念ながらヒビや、骨折をきたすこともあります。必要に応じてワイヤリングや、プレート固定を行うこともあります。また、術後に金属の周囲の骨が折れる、インプラント周囲骨折が問題になることもあります。
深部静脈血栓症
下肢の静脈の中に血栓ができてしまう病態です。血栓が肺に到達し肺血栓塞栓症をきたす恐れもあります。周術期の様々な予防策を講じて血栓発生リスクに対して対処しております。
いずれにしてもメリット、デメリットを十分に天秤にかけてメリットが十分に上回る際に手術を選択することが重要と考えます。